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Catrien Ross (カトリン・ロス )の「 富士山を粉々に爆破する—実弾演習は魂を動揺させるか?」

Wednesday, March 10th, 2010 - 1 Comment

読者の皆さんへ:

このブログを書いている間にも、実弾演習が富士山を粉々に爆破している。

3月早朝の静けさは、ロケット弾の炸裂で吹き飛ばされた。

30キロ以上離れていても、ここの地面は震えている。

私が住んでいる山奥の民家の窓は、カタカタ音をたてている。

何百年という歴史を経た太い梁に、炸裂音が反響している。

犬たちや猫たちの目の中には警戒の色が浮かんでいる。しかし彼らも曾てのような恐怖を表すことはもはや無い。

彼らも私同様、田舎暮らしのゆったり流れているリズムにたいする度重なる侵害に、慣れてしまっているのである。

私がここに住んできた15年間、ほとんど毎月、霊峰富士と呼ばれて崇拝されている日本文化の象徴が、耳の中で粉々に炸裂してきた。

実弾演習は休みなく数時間持続するため、「突撃」が終わるまで、私と家族は家の中に避難している。

私がこのブログを書こうと決めたのは、私がスピリチュアルな結び付きを達成するのは普通より易しいに違いない、と何人もの読者が言ったからだ。彼らは私が自然の美の直中に住んでいるため、魂を動揺させるようなことはほとんど無いと考えたらしい。

実弾演習は魂を動揺させることがあるだろうか?

あるいは戦地にも似た状況を経験するのは現代密教の特殊な修行であり、スピリチュアルな気付きをいくらかでも深めてくれるというのだろうか?

私たちの多くが生きている分裂した現実の比喩としてなら、富士山を粉々に爆破するというのは格別にぴったしだ。

富士の孤高の頂は、国内外で、完璧な旅行ポスターとして展示されている。

しかしあえて近付けば、荒れ果てた裾野が心を震撼させることもあるだろう。

剥ぎ取られた景色が何エーカーも広がっている。観光客や軽率な侵入者には高いフェンスが不吉な警告を発している。

虐殺された動植物相の廃墟。

富士山を世界文化遺産に指定してもらおうと、今地元でも熱心な運動が続いている。しかしこの破壊された不毛の地が問われたことは一度もない。

いったい何の世界文化遺産だというのだろうか?

私たち自らが創造している世界のこの現実を、完璧なまでに映し出している世界文化遺産のサンプルとして、とでもいうのだろうか?

登山者たちが残した大量の排泄物とゴミが積もり積もって巨大なトイレとゴミ捨て場になっているという事実から、富士山は世界文化遺産の指定が渋られているのだが、それを知ることがスピリチュアルな教訓になるとでもいうのだろうか?

年々富士山は、スピリチュアルな探究と自然にたいする日本人の感覚の純粋さに結びつけて、類を見ない文化的象徴として描写されるようになっている。

富士山には約1万3千もの神社があり、何十万人もの巡礼者が毎年訪れる。

覚醒を求めて精神世界を探求する新世代にとっても、欧米人も多くいるが、富士山は今や強い吸引力になっている。

公的機関による世界文化遺産登録推進運動のパンフレットには、富士山周辺の目を引く神社、寺院、そして湖をはじめとして自然の景観がふんだんに使われている。

そのなかには最近行われた富士山頂合同クリーン作戦の写真を紹介しているものもあるが、実弾演習場の焼け焦げ粉砕された景色を載せているものはまったく無い。

一方軍を支援するウェブサイトのこの描写は何だろう?

キャンプ富士は1953年米国陸軍から海兵隊に引き渡された……キャンプ富士は富士演習場付近の34,000エーカーで米軍の軍事訓練を支援するのが使命。以来富士演習場は日本における主要な演習場となっている。

60年近くもの間、富士の裾野は実弾演習場として震撼し続けている。

まるでその反動であるかのように、私たち人類の魂も破壊され、分断されて変性している。

引き裂かれた私たちの魂は、荒廃した風景の中を彷徨っている。

奥深く潜んでいる私たちの本質の輪郭でさえ、一生のうちに溜まりに溜まった自他の排泄物とゴミのために、曖昧なままである。

引き裂かれた自己とともに、私たちはどう生きることができるだろう?

私の答はこうである。私たちは本当に生きているとは全く言えない。

砲撃によるショックから麻痺を起こし、私たちは1日1日を辛うじて生き延びているだけだ。残っている感覚や感情も麻痺のために、本来のものからはほど遠い。

意識的にであろうが無意識だろうが、私たちは詰まるところ文化的、社会的、 宗教的、そして教育によって与えられたマスクが好きなのである。

そしてマスクにすぎないと気付かぬために、自分の身にも秘かに伸びている破壊の手を、私たちは許してしまう。

その間ずっと私たちの内なる魂は、再生を願望し続けている。荒れ果てた富士の裾野の実弾演習場のように。

これが2010年の3月早朝、霊峰富士と呼ばれている日本の国民的な宝物が粉々に爆破される音を聞いて、私が衝撃を受けた一部始終だ。

そういう間にも、雪を頂いた富士山の清純なイメージは紹介され続けている。

そして自然愛と精神性の幻想も珍重され続けている。

しかし私たちがこの幻想にしがみついている真の理由は、奥深く潜んでいる魂の本質がより深く、真実の世界と結び付きたいと切望しているからだろうか?

ならば今どんな世界に私とあなたは暮らしているというのだろう?

もし実弾演習で富士山を粉々に爆破することが魂に動揺を与えるとするならば、私たちの日常生活にそれが何らかの意味を持つまで、どうしたら意識を拡大することができるだろう?

選択する機会を与えられたとするならば、そしてもし魂の深い希求に気付く力を与えられたとするならば、どんな世界をあなたは心に描くだろう? そして私は?

もし私たちが荒廃した景色は歪められたマスクにすぎず、そのすぐ下では豊作をもたらす成長が芽吹く準備を整えていて、それを現すためにはマスクを取り除きさえすればいいと気付くとしたらどうだろう?

もし私たちが自分自身の本質である慈愛心の宝物を掘り出すために、心の奥に溜まっているゴミと排泄物を掃き出すとしたらどうだろう?

その時あなたと私は、どんな世界に住むことになるのだろう?

そして何が私たちを妨げて、今この時に、そういう世界を実現できなくしているというのだろうか?

富士山麓実弾演習の一斉射撃の音を聞きながら、私はあなた方の意見を心から待っている。

Catrien Ross(カトリン・ロス)


© Catrien Ross 2009-2021
合同会社ENERGY DOORWAYS設立者、代表取締役社長。
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この記事の一部ないし全体を引用する場合は、著者へのリンクを提供してください。 www.energydoorways.com


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One Response to “Catrien Ross (カトリン・ロス )の「 富士山を粉々に爆破する—実弾演習は魂を動揺させるか?」”

  1. Hiroaki Manaka says:

    Dear Catrien Ross,
    I’ve been concerned about the effects of Fuji Military Manewvering Ground on the forest and nature surrounding the mountain. From time to time I’ve been staying on weekends at our cottage near the Lake Yamanaka for 22 years. So know well about the moments of whole forests shuddering at the coming blast of air from human devastating drills. Really the air around you quavers. And these days when I come across the picture of the Mt. Fuji, my eyes quickly spot and make me dissapointed at the vast unnatural maneuvering grounds spreading at the foot of the mountain. But people seem not so responsive to that fact yet. I found local villagers’ negative responses were muted by the government money for various supports for abating nuisance. Rest are sightseers and weekend cottagers like myself. Basically, these people are lenient with the issue like nature preservement. And their cognizant level of the risk the Mt. Fuji faces is therefore staying lowkey.
    I hate this situation remains long and wish I could find anything I could do for next generation to come. I love the nature around Mt. Fuji. I would like to help keep the pristine beauty of this area.

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